(だって、相方が元旦からお出かけしてしまったからね。)
そんな今日些か関わり合いを得た若いお仲間から嬉しい報告が入りました。
地元宮崎日日新聞の新年巻頭を飾る記事に載ったと・・・!
彼と初めて出会ったのは2013年3月新宿サザンテラス「KONNE」で催された「綾の手紬染織工房」の糸紬のデモンストレーション会場でした。<その日のブログはこちらから>
糸紬の作業を食い入るように見つめていたりして、結局藍染めのマフラーをお買い上げ頂いたと記憶しています。
こんな催に興味を示す若い男性は珍しい、お節介の寅さんが話しかけます。
伺えば、東京農工大に在学中(3年生)・出身は宮崎県国富町(綾町の隣)・・・
ならばと数ヶ月後の「第11回綾ツァー」へ即戦力としてお誘いを掛けたのです!(笑)
そして翌年(2014年)の夏に彼から突然連絡が入りました。
「綾の工房で働きたいのですが?」・・・と。
「大学院の入学手続きの準備もしてはいるのですが・・・如何でしょうかね?」だって!
無論、即反対しました!(笑)
残念ながら染め織りの文化は徐々に先細りだ・普通のサラーマンや公務員とは異なる(休日だって不定休)・第一職人の世界だぜ!・・・と。
その度に彼は「今戻ってこの技術を継承・伝達をしなければいけないのです!」「この素晴らしい作品をもっと多くの方に伝えていかないとならないのです。」・・・と強く・熱く語るのです。
私は彼の『覚悟』を確認する為に「君の気持ちは判った、ならば先ず親御さんを説得してからだね、先生に話すのはそれからにしようか。」と突き放しました。
・・・数日後彼より「親の承諾は得ました」との連絡が。(早っ!)
そうと来れば先生に話をします。
「彼を預かればこの先最低でも10年は責任を負う事になりますが・・・。」その時の先生のちょっと困った顔は忘れません。
「工房に若い後継者が来るのは非常に喜ばしい!」そんな単純な考えを持っていたオイラの考えの甘さに気づきました。
先生は単に技能の創作者・継承者であると同時にこの工房の・若者の行く末の責任を負って行かれる『覚悟』をお持ちなのだと改めて認識し・恥じ入りました。
そして昨年の4月めでたく彼は「綾の手紬染織工房」に就職をしたのです。
昨年5月見事には我々にその『覚悟』を示してくれました。(笑)
そして秋・京都で彼が染め・織り上げたマフラーと出会いました。
自分にはその色合い・手触り・風合いを含め完璧に見えるのですがね?(笑)
無論、お願いして分けて頂きました。(大切なお宝になりました。)
先生は彼にその技術を伝承するだけでなく経営者・研究者としての活躍も期待してるそうです。
「覚えなくちゃいけないことばかりで大変ですが、後悔したことは一度もありません。藍を広めるのはもちろんですが、自分自身で新しい色も見つけてみたい。」と語っています。
ほんの小さな切っ掛けを作ってしまったオイラ、これからも彼を見守り・応援をします!
2016年の年頭に当たりとても心地よいニュースに出会いました!


2 件のコメント:
寅さんのお気持ち涙なしでは読めません��
ヨダキンボさん
笑い過ぎの涙ですか?w
所詮無責任な外野の戯言です・・・お許しください!
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