| 送信者 2012-04-21 |
例年の通り正月に姉の家族と顔を見に出かけた後、2月にホームから連絡が入りました。
「食事の摂取量が減って来ました、点滴で栄養補給をしても宜しいでしょうか?」・・・と。
「本人が嫌がらなければ与えて下さい。」と回答したけど・・・やはり心配です。
2・3月は諸官庁を顧客に抱える営業としてはどうしてもこの時期に仕事は集中します。
山口に住む姉にSOSを発したのです。
幸いにも義兄・甥共に医師の家系、2月下旬に直接母の状況を確認して貰い事無きを得ました。
散々遊んだ3月、4月に入り年度末の後処理も終了した今日やっと母の顔を見に出かけて来ました。
| 送信者 2012-04-21:茅野へ |
無口で・頑固、苦学して夜間の高校・専門学校(今の専修大学?)を出て材木屋のでっちから一代で財をなした明治の気骨を持った父。
100点の答案用紙を見せても他に100点を取った生徒が居れば「それは1番じゃないな。」と言われた。
常にトップを目指せ2番・3番じゃダメだと叱咤され続けた・・・。
生前一度も褒めて貰った記憶は無い。
今墓の前に立っても気持ちは同じ、まだじっくりと目を合わす事が出来ないでいる。
「男としては心から尊敬していたけれど父親としては・・・辛かったな~。」
その後、無人と化した実家のチェックを・・・
元々が材木屋、柱も階段・廊下も総ヒノキ造り・風呂は高野マキ材の家は3.11の地震(地元では震度5)でもビクともしてません。
| 送信者 2012-04-21:茅野へ |
でも残念ながら自ら手を加えた庭は荒れ放題・・・
そんな庭ですが何時でも主を待って居るかのように可憐な花々が咲き誇ってました。
| 送信者 2012-04-21:茅野へ |
特別養護老人ホームの川沿いに咲くサクラ並木はまだ蕾・・・もう1週間ぐらいかかるかな?
昼食後の母は足からの点滴を受けながら眠っていました。
気配に気付いて薄目を開け「あら、来たの?」と一言だけ呟いてまた眠ってしまったようです。
1時間ほど持参した本を読みながら枕元に佇み様子を伺いながら腰を上げようとすると再び薄目を開け「気を付けて帰りなさいね。」と一言・・・
今回はたったそれだけの会話でした。
1年程前には居るのが嫌に成るほどに色々と愚痴やら・文句やらを並び立てたのに・・・
「G.W.には姉さんがまた顔を出すからね。」と去り際に伝えたけど聞こえたかな?
満92歳を過ぎた今、ちゃんと心の準備も出来てるけれど・・・
何時にも増してしょっぱい見舞いとなりました。
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| 2012-04-21:茅野へ |

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