仲程長治:琉球写真家

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2017年4月8日土曜日

一里塚(備忘録)

『今日の赤(17-3)』


本日をもって67歳・・・冥土の旅の一里塚を迎えました、見事な爺ちゃんです!(笑)

毎年お誕生日と称する祝い事は「1年経てば誰にだって来るさぁ。」っと妙な照れからSNS等の情報を全て削除しています。
そんなオイラが昨夜相方と「ひょっとしたら今年のお誕生日迎えられなかったんだよね?」との会話にドキッとしました。
今回は備忘録的に”思い”をこそっと記しておきます。


【腎臓癌摘出手術】
「人は常に何処かで誰かと繋がって居て何時もそんな誰かが導いて下さる。」と言う事!

4月に受けた「人間ドック」で腎臓上部に腫瘍を発見、急ぎ紹介状を頂き大学病院へ。
その医師(病院)が20数年前に相方の腎臓移植を行った医師で今は大学病院の院長先生に出世されてました。(驚!)

その事を知った医師(院長先生)が「この手術は私が執刀しましょう。」と・・・
えっ・・・院長先生ご自身がですか?
「僕だって手術はしますよ!」(笑)
思いも掛けずその道の名医と称される医師の執刀を頂ける事になったのです。

諸々のスケジュール(宮崎・沖縄旅)の調整の上、6月の頭に入院・手術。
術後摘出した腫瘍(76×70mm)を手にした院長先生の説明によると「腫瘍が大きい為に一度体外に出して腫瘍と腎臓を切り離しました。時間を掛けて綺麗に切除出来ましたよ、目視では転移も認められないから今後は定期検査でOKですね。」と嬉しそうに相方に話したそうです。

しかし術後3日目「痛いのは此処(病院)でもご自宅でも同じですから退院して下さい。」と言われたのには驚きましたけどね。
(事実、薬は痛み止めしか頂けなかったです。)

貴方は病人ではありません、怪我人ですから時間が経てば治ります!」と言い切った相方の助けを借りながら9年続いた真夏の沖縄伊是名島への演習にもかろうじて参加できました。


【大動脈解離:Dr.ヘリ騒動!


 人生で初めて「命(死)」について真面目に考える切っ掛けになりました。

「日頃から好き勝手な生き方をしてるから何時死んでも悔いは無い!」と言い切っている自分ですが今回の騒動で ”” への過程の仮想体験をしました。(錯乱ですが)
でもそいつはやはりあまり楽しい体験では無かったです。

たった1ヶ月(寝たきりは10日程)の入院でしたが体力(特に足腰)の衰えは信じられない程でした。
胸骨を割っての人工血管(30cm×3本)の装着は6月の腹部開腹手術(約18cm)よりは痛みは1/3程度ですがやはり寝たきりが堪えました。
リハビリの初日(術後10日?)では病棟の廊下を 20m も歩けませんでした。(涙)

信大の医師・リハビリ担当の医師・朝晩24時間に渡ってお世話を焼いて頂いた多くの看護師さん・お手伝いの方々に対する感謝の気持ちは言葉では表せない程です。
そして毎日(週5日)松本まで通ってくれた相方の気持ちに応えようがありません。
(確かに ”鉄子” さんではありますけどね。)
入院中(1ヶ月間)は相方の顔を見る事だけが楽しみでした。

<信大に入院中に39回目の結婚記念日を・・・>

信大から東京の大学病院への拠点変更・通院がスムーズにいったのも相方のお陰です。
オイラが20歳・相方が15歳からその存在を認め縁あって結ばれた仲。
彼女なんて滅多に出来なかったおいらのプロポーズを唯一受けてくれた相方です。(それだけでも目っけ者!・変わり者!?w)


腎臓癌の摘出はスケジュール通りにて気持ちの整理も付けて臨みましたが、大動脈解離の際は余りにも突然の事にて何が何だか・・・驚きました!


色々と有ったけど今でも出かける際には基本一緒、独りの際には玄関から・ベランダから・出窓から見えなくなるまで見送ってくれる。
何時も玄関の靴はきちんと揃ってるし・入浴時にはタオル・バスタオルが当たり前のように用意されている。
そして「今日も一緒にご飯食べられて嬉しかった、有り難う!」って毎晩言ってくれる。
・・・そんな他愛もない・普通の日々の積み重ねが40年弱、「有り難う!」って言葉の大きさ・力強さ!
何よりもオイラの全てを認め・信じて貰っている!

その相方から「人との繋がり・絆」を得る為にもちゃんと言葉で伝える事は大切だと改めて教えて貰いました。

今朝方相方からプレゼントとバースディカードを頂き昼にはお祝いのケーキを食し「幸せの確認」をしました。
無論相方へは「ありがとう!」の言葉を添えて・・・感謝!❤️

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