仲程長治:琉球写真家

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2013年3月10日日曜日

一息付いて・・・



『今日の赤(13-9)』


昨日は高井戸I.C.での追突事故に中央自動車道を府中で降り下道をのんびりと・・・夜9時には帰宅できました。
非日常の3日間、緊張の連続だったのかな?・慣れないベッドに寝られなかったのかな?
流石に疲れました。

久し振りに相方と軽く食事を取り、ゆっくりと風呂に浸かりこの3日間を振り返り瞬時に眠りに付きました。
今朝は8時足元で着替える相方の気配に目覚めます・・・暖かな朝です。

軽い朝食を頂いた後に長年お世話になった「特別介護老人ホーム』に御礼の電話を掛けました。
幾ら言葉で伝えても伝えきれない気持ち・・・でも、その万分の一でも伝えなければ伝わらないと信じて!
「有難う!・本当にお世話になりました。」

やはりお出掛けをしたいのです・・・
そうだ来週は「ホワイトディー」、頂いた方にお返しを探さないと!

オペラシティーから初台駅へ・・・気が付けば春の兆しに誘われて代々木八幡までのお散歩を。


道端で1本だけ満開の桜を見つけました、「春は良いな!」

代々木八幡駅脇のスパゲティー専門店で少し早めのランチを頂きました。
中々の人気店のようにて普段は何時も店外に人が並んでます。
今日はラッキー!

相方は冷たいしめじサラダのパスタを。

オイラは唐辛子トマトソースの牡蠣スパゲティーです。

無論、大切な相方用にチョコレートの名店でチョコとケーキを購入。


オイラからの感謝のキッスを添えて!(笑)

さ~て、明日から年度末の仕事に向けてフルスロットル・・・突っ走ります!
また次の楽しみに向かってね!(^o^)丿

2013-03-10:代々木八幡散歩
しかし風が強かったですね、黄砂?・花粉?・M2.5?・・・クシャミが停まらなかった!(>_<)

届かなかった「祝儀袋」

一昨日(7日)の朝に母が亡くなりました。
満93歳・享年95歳、眠るような大往生だったそうです。
年度末・週末を控え猛烈に忙しい日々、週末の手配等どうしても外せない仕事を片付け昼から車を飛ばしました。

その間8年もお世話になった「特別養護老人ホーム」から幾度と無く連絡が入りました。
「お化粧をさせて頂いて良いでしょうか?」・「気に入っていた洋服に着替えて頂いて良いでしょうか?」・「到着は何時頃になりますか?」・・・etc.
その度にS.A.やP.A.に車を止め話を伺います。

夕方3時過ぎに到着、すっかりと身奇麗になった母と1ヶ月振りの挨拶を・・・。
「お約束の通り痛みも無く静かな旅立ちでした。」
「何時もスタッフに気を使って下さる優しいお母様でしたからスタッフが結構ショックを受けてます。」
「長い間お世話をさせて頂きまして、有難う御座います。」・・・(穴があったら入りたい!)

顔に掛けられた白いハンカチを取り、既に冷たくなった額や頬に手を置きながら何を話したのか・・・今は良く覚えていない。

看取って下さったお医者様に挨拶・葬祭場との打ち合わせ・死亡届けの提出・・・
ゆっくりと話をする間もなく1人で飛び回りました。

葬祭場との打ち合わせで、たまたま土曜日の1時過ぎならば焼き場に空きが有る事が判明、この日程ならば仕事に然程の影響は出ないと判断し即決しました。
夕方には多くの施設の方々に見送られながら葬祭場へ母を移し限られた身内に急ぎ連絡を・・・。

4年前に父が亡くなった後、次に訪れるで有ろう母の葬儀の形は決めてありました。
お寺さん(ご住職)も呼ばず・読経も無く、極身近に身内だけで・・・
元来が無宗教、ならば戒名等は付けず俗名で通す!
そんなへんてこな葬儀です。

翌日(8日)午後にはたまたま山口から上京途中の姉が到着、久し振りに姉と鮨を摘みながらゆっくり話を・・・
「どうせもう決めちゃったんでしょう?貴方の好きで良いよ。」苦笑いをしながらそう言ってくれました。(スマン!)
2013-03-08:準備を・・・
9日の葬儀には姉の家族と60年近くもお付き合いの有るご家族が東京から駆け付けます。
後は全てご近所の親戚とお世話になった方が数名・・・その何方ともオイラは面識も有りそれぞれに思い出も有ります。

決してお元気ではないのに、父の墓を何時も掃除してくれている父方の叔母。
運転免許が無いからと4・5Kmも離れた病院(父母が入院していた時)に幾度と無く徒歩で見舞いに来てくださった母方の叔母。
父母と仲違いをしてしまった際にそれとなく父母の近況を1/4世紀に渡り伝えてくれていた実の兄とも慕い・尊敬する先輩とそのご家族。
私の不始末中に父母の心を和ませてくれた姉の家族(孫・曾孫)・・・etc.etc.

列席を頂いたお1人お1人に私から知ってる限りのエピソードを話しお1人お1人・全員に「有難うございます、感謝してます。」と伝えました。

焼香台も無く・線香も焚かず、へんてこな葬儀です。
でも、皆様は花を手に母を取り囲みその顔に・その足に・胸に・手に触れ声を掛けて下さいました。
優しい花を・思い出の写真を・色紙・孫からの手紙・曾孫の書いた絵(?)・・・溢れるばかりに入れました。

火葬場にて収骨を済ませ再び葬祭場にて会食をしました。(精進落しの真似事?)
その間皆様からは笑い声が絶えず、また色々なお話を伺いました。

「父の母」と「母の母」は姉妹だったのだそうです。(従兄妹同士の結婚!)
そう言えば父と母の馴れ初めなんか聞いたこと無かったな~。(笑)

でも、父も母も多分教えてはくれないんだろうな・・・そんな気がします。(~_~;)


そうそう、亡くなった晩に母の部屋にお邪魔し少し整理をしました。


・・・と1枚の祝儀袋が出てきました、中には5,000円札が1枚!

母は入所初期からパーキンソン病に掛かり文字が書ける状態では無かった筈。
まして毛筆なんか考えられません。

母の字では無い様だけれど・・・、一体誰に依頼し・誰に出すつもりだったのだろうか?
疑問が残ります。

「ねぇー母さん、これ一体何なの?」・・・後で良いから教えに来てよ!
気に成るじゃん!

2013-03-07:急ぎ茅野に・・・

2013-03-09:母の葬儀

駆け足の葬儀を終え帰りはゆっくりと車を走らせ9時前に帰宅を・・・

4月・暖かくなったら納骨しにまた行きます!
別に49日をする気も無いから・・・1人で、氷付いた墓石(蓋)が動かせる頃にね。
そう、その時まで母が教えてくれなければ、「祝儀袋」の件施設の方に聞いてみようかな?
(^_-)-☆

★今回の写真は全て携帯からです、荒い画像などお許し下さい。